ΔT

地球の自転速度は一定ではありません。長期的には徐々に遅くなっているものの、短期的には細かく変動しています。

物理学的・天文学的な時間と歴史学的・暦学的・日常生活上の時間との誤差は時代によって異なるため、それを把握しなければ相互変換できません。

ということで ΔT について。

ΔT とは

地球時 TT と世界時 UT1 との差が ΔT です。

地球時 TT (の前身である暦表時)は、かつての平均太陽日の1/86,400に相当する時間を1秒としています。この1秒に相当するように SI 秒や国際原子時 TAI が定められ、1秒の長さは固定されています。

世界時 UT1 はそのときの平均太陽日の1/86,400を1秒としています。自転速度が変化すると平均太陽日も変化し、1秒の長さは変動します。

一定のペースで進む TT から UT1 がどのくらい遅れているか、逆に UT1 より TT がどれだけ進んでいるか、それを表すのが ΔT です。

ややこしいですが

たとえば自転速度が遅くなって平均太陽日が86,401 SI 秒だけ必要になったとき、1 UT1 秒の長さは 86,401 / 86,400 SI 秒と長くなります。また進む速度は dUT1 / dTT = 86,400 / 86,401 と遅くなります。

1平均太陽日経過したとき、 TT と UT1 との差は1秒増加します( TT は86,401だけ秒をカウントしたのに、 UT1 は86,400しかカウントしていないわけですから)。



値が期間の長さなのかカウントされる速度なのかその時点(同時刻)におけるそれぞれの数値的な差なのかを整理しておく必要があります。同様に「遅れる」などの単語もどの意味なのか曖昧にしていると混乱してしまいます。

単に TT などと表記する際は、ある時点を原点として、1秒(秒の長さはそれぞれ)ごとに1ずつカウントした結果の値と捉え、 dTT / dt などはカウントする速度と考えるとわかりやすいです。

短期的な変動

自転速度、言い換えると1日の長さ(Length Of Day)は一定ではありません。35日以下の期間でおきる細かい変動。そして1年周期の季節性の変動などで、1日は86,400秒プラスマイナス数ミリ秒となっています。

ここでの日とは平均太陽日のことで、近時差は生じません。以降も同様です。

2010年からの3年間のグラフです。赤色の LOD と青色の ΔT とでは目盛りのスケールが異なることに注意してください。 LOD は目盛りが0のとき、1日の長さが86,400 SI 秒ジャストであることを意味しています。

(上記グラフの期間において)夏の時期、 LOD は86,400秒に近い値をとっており ΔT は停滞しています。他の季節では LOD は86,400秒+1ミリ秒から2ミリ秒で ΔT は増加しています。1年経ったときの ΔT の増加量は約0.3秒です。



例として TAI から整数秒のオフセット(=閏秒)を保つ UTC は、 UT1 の遅れ具合によって閏秒の挿入や削除が行われます。前々回の挿入が2008年12月末、前回が2012年6月末でしたので3年半で1秒増やした計算になります。

TAI - UTC は ΔT + DUT1 - 32.184 ですので ΔT が増えるペースにあわせて閏秒も挿入が必要となるわけです。( TT = TAI + 32.184, ΔT = TT - UT1, DUT1 = UT1 - UTC より)

DUT1 とは UT1 - UTC のことで、 DUT1 が±0.9秒におさまるように閏秒を整数単位で操作していきます。

もう少し長い期間

(上記グラフの期間において)短期的な変動を均した LOD は20年くらいの周期で波打ちながら、現時点では若干短くなっています。〜1983年や1990年〜1997年は自転速度は遅く、 ΔT の増加量や閏秒の挿入頻度は大きい時期でした。

各種データ(実測値・予測値)は IERS から入手できます。 deltat.data に載っている ΔT は毎月ごとですが、 finals.* に記載されている毎日の UT1-UTC と leapsec.dat にある閏秒から日々の値が計算できます。

ある程度昔

次に、日々の LOD など細かいことは気にせず ΔT がどのように推移していっているか見てみます。

NASA のページに記載されている、歴史上の日食の記録から得た ΔT の記録とその補間式をプロットしたものです。

大雑把に言うと、1700年〜1900年は-5秒〜15秒で横這い、1900年〜2000年は-5秒から65秒まで単調増加といった流れです。大雑把にね。

ここに IERS が提供している値も一緒にプロットしてみます。

すると IERS の値(緑色の [2] のデータ)は1650年〜1750年の期間においてやや異なっていることがわかります。

特にこだわらなければ NASA のページで使用しているデータおよび補間式で構わないと思います。式を導出するのも面倒ですし。

近世以前、ないしは将来について

先程と同じく NASA のページに載っていた値と補間式です。

昔の ΔT は今と比べればやや大きな誤差を含むものの、日食などの記録により推定されています。 ΔT が異なれば観測できる地域(日食帯)が変化するため記録に詳しい時刻の記述がなくても計算することができるためです。

これらの予測値はだいたい灰色のグラフ上にあります。このグラフは 32 * ((year - 1820) / 100)^2 - 20 という簡単な二次関数です。



地球の自転は潮汐摩擦によって徐々に遅くなっています。潮汐力のみに因る一日の長さの変化は理論上 +2.3 ms/cy ですが、間氷期になり氷が溶け地球の扁平率が変化したことなどにより若干自転は加速され、差し引き、平均 +1.7 ms/cy という値が観測結果から得られています。

つまり1日の長さが86,400秒ぴったりの日から1世紀後の LOD は86,400秒+1.7ミリ秒。更に1世紀後は86,400秒+3.4ミリ秒と、長期的には一次関数的に増えていきます。

一方、 ΔT は LOD の変化の総和ですので二次関数的になり、 T^2 の係数は +31 s/cy^2 程度になります。こうして、うまくフィッティングするように調整すると前述の二次式と似たものが得られることになります。

これはある程度の時代において成り立つようですが、氷期の有無や地殻均衡によって変化するため数万年レベルでは成り立たないでしょう。( NASA のページの補間式には BC2000〜AD3000 と但し書きがありました。)

この辺の話はこのあたり

ΔT が増える理由

近年における ΔT の増加、および閏秒の挿入は「地球の自転が遅くなった」ためだと言われますが、前述のグラフなどを見るとむしろ速くなっている時期もあります。

ではなぜ増えるのか。

(地球時の前身である)暦表時を定義するときに参考にしたデータが18世紀から19世紀のもので、そのときよりも「遅く」なったからです。

もし暦表時の秒(すなわち SI 秒であり国際原子時の秒)をほんの少し長めに定義していたら、ほとんど閏秒を挿入せずにすんでいました。

……が、時間が経てばまた必要になります。ΔT の増加は二次関数的なのでこればっかりはどうしようもないですね。

ΔT = 67秒?

国立天文台の暦計算室(こよみ用語解説)や海上保安庁・海洋情報部(天測暦付録)などでは2013年の ΔT を 67 秒として使っています。



これは正しくありません。もちろん上記で説明したとおり変動もしますし季節も関係しますが、そもそも使われ方が異なるのです。

IERS などで使われている定義では ΔT = TT - UT1 ですが、国立天文台海保などでは UTC から TT への変換方法として dT = TT - UTC としています(紛らわしいので dT と表記することにします)。

確かに一般的には UT1 は用いられません。それよりも日常で使われている UTC から力学の時刻系である TT への変換の方が必要になってきます。

ですが dT として書かれている量は実際には TT - UTC = TT - UT1 + UT1 - UTC = ΔT + DUT1 。また TT - UTC = TAI + 32.184 - UTC = ΔAT + 32.184 です。 ΔAT は TAI - UTC のことで、閏秒の合計(回数ではなく差の秒数)とします。2013年時点で ΔAT = 35 秒なので、すなわち dT は TT - UTC = ΔT + DUT1 = 67.184 秒です。

この値は地球の自転速度の短期的な変動により変化しません。 ΔT と DUT1 が変動分を打ち消すためです。この値は、閏秒の操作(挿入ないしは削除)による UTC の変動で初めて変化します。そのため 0.184 秒は切り捨てられるものの dT を67秒のように固定値として扱うことは妥当だと思います。とはいえ ΔT と表記するのはいかがなものでしょうか。

TT               TAI                UTC
 |<-- 32.184 s -->|<----- ΔAT ----->|
                            DUT1 -> ||
 |<-------------- ΔT ------------->|
TT                                 UT1